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メキシコ国境と接する快適な地 全米で住みたい場所No.1
私は2002年9月から1年間の予定で、アメリカのサンディエゴにあるスクリプス研究所で在外研究を行っております。専門は有機合成化学です。 ここサンディエゴはアメリカ西海岸の最南端に位置し、メキシコとの国境にある都市です。緯度は熊本県に相当しますが、真冬でも最高気温が15度程度、最低気温も10度弱までしか下がらず、また真夏も30度を越えることが珍しく、1年を通して快適に生活できる場所です。
サンディエゴからロスアンゼルスまで車で1.5時間、ラスベガスまで5時間、サンフランシスコまで8時間、そしてメキシコまでは20分程度で行くことが可能です。 サンディエゴをもう少し詳しくご紹介したいと思います。1542年、ポルトガルからロドリゲス・カブリヨが不毛の地、サンディエゴに到達し、この地は最初にサンミゲルと名付けられました。現在、そのカブリヨ像がサンディエゴ市街を見下ろすことのできるロマ岬(Point Loma)に立っています。1602年にスペインのセバスチャン・ビスカイノが上陸し、現在のサンディエゴに地名を変更して現在に至っています。 サンディエゴ発祥当時の様子は、現在オールドタウンに保存されています。その後アメリカ独立の10年程前に、アメリカ占領を目的としてスペイン国王の命令で、伝道師がサンディエゴを出発してサンフランシスコまで21のミッションを建設しました。1867年に資産家アロンソ・エラスタス・ホートンがやって来ましたが、その数年後にサンディエゴは大火に包まれ、そのほとんどが灰と化しました。 ホートンは新しい街を作ろうと海岸沿いの土地を購入していたので、街を再建し現在のダウンタウンが誕生しました。この頃の街並みは、ガスランプクォーターとして残されています。また、ホートンの名は、ホートンプラザという巨大ショッピングセンターとして残されています。 ここLa Jollaの中心に、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)が位置し、多くの企業がその周辺に林立しています。その海岸(太平洋)側にソーク(Salk)研究所やスクリプス海洋学研究所、そして私の所属するスクリプス研究所などがあり、世界的に非常にレベルの高い研究が行われています。ソーク研究所では、ワトソンークリックのDNA二重らせんによって知られているクリックが現役活動中で、その研究所から2002年度にm-RNAの発見者であるブレンナー博士がそれとは異なる仕事内容でノーベル医学・生理学賞を受賞しました。 話は少し戻りまして、スクリプス研究所と太平洋の間にはゴルフ場があり、そこでは毎年PGAツアー公式戦が行われています。昨年はタイガーウッズが来たということで、彼を見るための見物客でこの周辺の道路は大渋滞になったそうです。研究室からは太平洋が一望でき、仕事の合間に眺めてはしばし心を和ませています。視界の規模は少し小さくなりますが、奈良学舎の5階から奈良市街および若草山を眺めている風景とどこか合い通じるものを感じます。 ノーベル賞受賞者が顔をそろえる 充実した研究環境
さて、私の所属するスクリプス研究所についてご紹介いたします。スクリプス研究所という名称からもおわかりいただけるように、ここは一般の大学ではありません。むしろ大学院大学といったほうが近いかと思います。学生は博士号を取得する目的で入学し、日本でいう修士課程と博士後期課程を合わせた5年間をここで過ごします。 |
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