アトランタの苦い思い出 3年間のつらい日々
中尾美樹さんは高校3年のときにアトランタ五輪に出場した。そのときの結果は100mが8位、200mが5位。メダルを期待されながらの戦いの結果ゆえに、入賞を喜ぶことはできなかった。
アトランタ五輪が終わってから昨年までの3年間は決して順調なものではなかった。何度泳いでも記録が出ない日々が続き、苦し紛れに試合に出ていた。2年前のアジア大会では初めて日本代表から漏れた。長年代表選手だった彼女にとってそれは大きなショックだったが、その悔しさが発奮材料になり今の自分があると話す。
悔しさを力に
そして、その悔しさを晴らそうとのぞんだ昨年6月の日本選手権。得意の200m背泳ぎ、日本新記録で優勝した。さらに7月のユニバーシアード・パルマ大会ではさらに自分の日本記録を0秒02上回る2分10秒32(99年世界ランキング1位)で優勝した。
長かった低迷期を抜け出せたのは「精神面で母親をはじめ、まわりの多くの人に励まされたから。みんなに自分の成長をアピールできてうれしかった」と振り返る。
勝負のとき-日本選手権
女子の背泳ぎは日本競泳陣の中でも特にレベルが高い。今回、五輪の代表に選ばれた4人すべてがメダル候補だ。強豪ひしめく中で日本選手権にのぞんだ。試合前は「油断はできない。とにかく勝って代表の権利を得ることが目標」と話していた中尾さん。
そんな中で迎えた選手権最終日の女子200m決勝。この日までに、背泳ぎのライバル3人はそれぞれ五輪への切符を手中にしていた。それだけにプレッシャーは計り知れないものだったはず。
予選をトップで通過した彼女は前半から飛ばした。150mを2位でターン、追いすがる萩原智子選手(山梨学院大)をタッチの差でかわし、2分10秒73で優勝。日本新は逃したが一番目標にしていた「勝負に勝つこと」は達成した。飲まれそうな緊張感の中、最も注目されるレースにのぞんだ彼女。レース後のほっとした表情にこれまで大きくのしかかったものから解放された安堵感が見えた。
シドニーに向けて
自分の水泳人生で一番の試練を乗り越えてつかんだ2度目の五輪。アトランタの時は「当時が自分のピークで、最後の五輪だと思っていた」という。「でも大学に進んでシドニーを目指すと決めたときから目標は1つ。メダルさえ取れればいいという人もいるけど、私はそれでは満足しない。やっぱり金メダルが取りたい」とはっきり目標を定めている。「自分に足りない部分をこれから補って、最高のコンディションでオリンピックにのぞむ」と心はシドニーに向かっている。
この細身の彼女のどこにそんなパワーが潜んでいるのかと思わせる華奢な体つき。その体からは、200mの後半から爆発的な追い込みを見せることは想像しづらい。
笑顔で自分の考えをしっかりと表現できる姿には4年前とは違う大人としての姿勢がのぞく。多くの試練を乗り越えた彼女にはシドニーの表彰台がイメージできているようだ。
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